古書まつり

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      下鴨納涼古本まつり(京都市左京区 下鴨神社・糺の森)


     

    「下鴨神社納涼古本まつり」に初めて出かけた。

    八月の木漏れ日と蝉時雨の中、時間も暑さも忘れそうなひととき。裸電球が灯す背表紙を目で追うだけで心地良い。

     

    すると、思いがけず、見覚えのある絵柄が目に飛び込んできた。母の著書「大陸の花嫁」だった。母が呼んでくれたのかもしれない。この日はお盆の8月13日、母の墓参りの帰りだった。

    そう言えば母は生前何度も言っていた。

     

    「私が死んだら墓参りは再々せんでええ。私の墓標は本やから・・。」
     

    最初の読者が、さらに多くの人に読んでもらおうと出品されたのかもしれない。そう思えば嬉しい。きれいに扱われた表紙を撫で、そっと元の棚に戻した。

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    戦後74年目の夏が過ぎ、やっと母のホームページを更新した。新たに発掘した母の作品を少しずつ掲載していきたい。
     

    「平和への祈り」井筒紀久枝ホームページ

     www.balloon.ne.jp/453room/

     

     

     


    迎春

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      明けましておめでとうございます。

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      下御霊神社  (京都市中京区)

      この狛犬くん、どう見ても笑ってる。間近で見上げると、マスクの自分の顔が思わずほころび、少し幸せな気分になった。

      2018年戌年新春。戦火の未だ絶えないこの世界。みんなが心から笑える平和な時代を祈願したい。
       
      思わぬ病を得て中断していた「はっぴい俳句」も心機一転、笑って再開しよう。
       
      笑う門には福来る!


      「愛の光感謝の集い」

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         「愛の光感謝の集い」
         
        2016年4月16日、京都東山の高台寺に立つ「アイバンク愛の光碑」(慰霊碑)前において、「感謝の集い」が開かれた。
         
        ご丁寧なご案内を頂戴したので、私は娘を誘い、献眼者の遺族として参加した。主催は「公益信託アイバンク愛の光基金」。「案内文」によると、昭和57年に厚生省の認可を受け設立されたボランティア団体だそうだ。
         
        昼食会を含めて約2時間。とても充実した体験だった。
         
        まず黙祷。つづいて関係者のご挨拶。そして、母を含めた昨年一年間の献眼者の名前が披露され、名簿が「アイバンク愛の光碑」に収納された。碑の中には、これまで献眼された方々の芳名禄が納められ、そこに母たちの名前が加わった。
         
        折しもこの日の未明、熊本では大きな地震があり、ラジオから絶え間なく流れる地震速報に心が痛んだ。黙祷と献花の時、被災者の方々への思いも祈りに込めた。合掌。

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        「アイバンク愛の光碑」
         
        慰霊碑を囲むように葉桜や若楓が美しく、松の若緑や石楠花もまばゆいばかり。何より陽射しと風が爽やかだった。母も一緒に緑の風になっていたのかしれない。
         
        最後は遺族とアイバンク関係者による献花で、式の部は終わった。
         
        式に続く昼食会では、他のご遺族の方々とゆっくり歓談できた。実際に献眼するまでは、遺族間に微妙な意見の食い違いや心の葛藤があったというお話には共感できた。また、献眼を受けたことで目に光が戻ったというご婦人のお話には感動した。本当に貴重なひとときだった。
         
        アイバンク組織移植コーディネーターの女性 I さんのお話によると、「日本では移植を待っておられる患者さん方に対して、献眼してくださる方は、まだまだ足りない状態」だとのこと。
         
        そんな中で、母が献眼し、私たち家族もその遺志を尊重して協力したということで、このような会が設けられたとのことだが、恐縮至極である。

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         高台寺
         
        昨秋母が亡くなった数日後にいただいた、I さんからのお手紙を思い出した。特に最後に綴られた以下の言葉には涙があふれた。
         

        ・・このようにご献眼くださった目は、第二の人生を歩み始めました。これから、移植を受けた患者様と共に、たくさんのものを見て、たくさんの経験をされることと存じます。

        井筒キクエ様の角膜に映る世界が、戦争の光景ではなく、平和な世界であるように、私には何ができるのか、「大陸の花嫁」を拝読しながら深く考えさせられました。


         I さんの、この感慨深いお言葉を、そのまま私自身にも置き換えてみた。
         
        「移植された母の角膜に映る世界が、戦争の光景ではなく、平和な世界であるように、私には何ができるのか」・・と。心に刻みつけた。
         

        立春大吉

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          母が永眠して4か月が過ぎた。

          脳梗塞に倒れ5年間の闘病生活を共に過ごしたが、2度目の脳梗塞で
          意識を失う寸前まで母は戦争体験を語ってくれた。


          母が要介護状態となって15年の月日は、母にとっても介護をする
          私にとっても結構しんどいものだった。

          でも、その間、母から娘へ、そして祖母から孫への戦争体験の語り継
          ぎは確実に行われた。バトンを受け継ぐ時間としての15年間はまだ
          まだ足りないほどだったかもしれない。

          長年の闘病生活から解放された母の死に顔は実に安らかだった。
          そして、長年の介護生活から解放された私は、身も心も開放され、
          安まるはずだった。

          ところが、自分でも不思議なほど喪失感と虚脱感に襲われ、母の遺影
          には向えても母の遺した著書や手記には向えない心境が続いた。

          それほど私にとって母の存在は重く、大きなものだったということを
          改めて痛感した。

          でも、百箇日が過ぎやっと春がやって来た。「立春大吉」♪

          ようやく少し気持ちの余裕が出てきた。
          これからまた少しずつ母の事績を顕彰してゆきたい。



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           母の遺した著書・句集・手記が掲載された書籍・手書きの原稿等々。

           

          母逝く

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             母 逝 く
             

            10月9日午前8時7分、母が逝った。


            長患いの末、とうとう旅立ってしまった。
            享年94歳。

             

            母の遺言どおり7人だけの家族葬を済ませ、京都府立医大とアイバンクに献体・献眼した。

             

            母の亡骸には、母自身が縫った浴衣を着せ、母直筆の般若心経で埋められた襦袢を被せた。これも母の遺言どおりの死に装束だった。


             

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            入院93日間、1日わずか100kcalの点滴500佞韮苅影間、さらに200佞妨困蕕靴藤隠影間も頑張り抜いた。

            母は亡くなる前日まで、しっかり手を握り返し、私の目を見つめ涙を流した。

             

            最後、母の身体は22・3圓泙覗蕕産戮蝓骨に皮膚が被さっただけのようになってしまったが、瞳だけはいよいよピュアになっていった。
             

            主治医の先生に「神懸かり的だ」と驚嘆させるほどの母の生命力。正直、感動した。


            「人間の身体は、こんなになっても生きよう生きようとする力があるんや。
             だから命は大事にするんやで・・。」

             

            母は、身をもって教えてくれたような気がする。

             

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            長い長い闘病生活、本当にお疲れ様でした。


            そして、最後まで命の大切さを教えてくれて、ありがとう!


            合掌。

             


            迎春

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                明けましておめでとうございます。


              この1月で母は94歳。脳梗塞の後遺症に加え、昨年は何度も脊椎
              を圧迫骨折してしまいました。一日中ほぼ臥せっている状態になってしまった母ですが、気分の良い時は蒲団の中から指で書く仕草をしながら昔語りをしてくれます。


              今年は、母の一句鑑賞を続けながら、母の戦争体験に関連した資料を調べ、勉強したことを発信したいと思っています。

              本年もよろしくお願いします。
                           
                         2015年  松の内



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              平安神宮 大鳥居


              迎 春

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                 明けましておめでとうございます。


                この1月で母は93歳。脳梗塞の後遺症に加え、最近は胸水・腹水にも悩まされていますが、生きる気力だけは十分あります。でも、起き上がってものを書くことができなくなり、今はなんとか話ができる程度です。


                母が少しでも語ってくれる限り、今年も母の一句を中心に鑑賞していきたいと思っています。


                本年もどうぞよろしくお願いします。
                                       2014(平成26)年 元旦


                 伏見稲荷大社の千本鳥居 


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                プロフィール

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                俳句結社「雉」同人。俳号、亜紀。 「京大俳句を読む会」運営委員。俳人協会会員。 ホームページ「平和への祈り」を管理。 「俳句誌「雉」HP「支部のページ」に、 「関西地区だより」を発信中。

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